ゴーマニズム宣言 2nd Season 第1巻
第17宣言
「オウムを利する危険なリベラル」
《参加者》
た:たっちゃん
カ:カレーせんべい
《書き起こしボランティア》
hiro さん
カ:ランダムアプリで出た数字は「17」です。それでは第17宣言「オウムを利する危険なリベラル」について語り合いましょう。
た:森達也、宮台真司らの知識人たちが『オウム事件真相究明の会』という団体を立ち上げて、オウム事件は「真相はまだ闇の中」などと主張していますけど、自然に考えたら分かるやろ!としか言えないです。
カ:「真相は闇の中」というフレーズを掲げて、麻原彰晃の死刑を反対しているのは、庶民の感覚からすれば違和感があります。
た:「まだそんなこと言うの?」って感じですね。
カ:オウム事件を常識的に判断するなら、「自己顕示欲の塊である麻原彰晃が、被害妄想を極限にまで増大させて、信者達を巻き込んで、日本社会に対して戦争ごっこを仕掛けた」ですよね。
た:ところが『オウム事件真相究明の会』に賛同する人が、リベラル方面にはこんなにいるんですね。
カ:リベラル系の知識人の傾向として、国家が力を発動することに対して、無条件に反発しているところがあると思います。
た:それは「死刑執行」についてでしょうか?
カ:そうです。もちろん国家権力に対して警戒感を持つこと自体は私は否定しません。だからと言って「麻原彰晃の死刑に反対」というのはあまりにも非常識だと感じます。
た:そうですよね。
カ:ためしに自分の会社の同僚に言ってみればいいです。「私は麻原彰晃の死刑には反対である。これでオウム事件の真相は闇の中になった。」と。
た:「一体何に影響されたの?」と思われるだけですよね(笑)
カ:絶対にそうです。
た:もし仮に、自分の身近な人がサリンで殺されても、同じことが言えるのでしょうか?
カ:そのように考えると、麻原彰晃の死刑反対は「不自然」なんです。イデオロギーを最優先にしない限り、そんな発想にはならないはずです。
◆◆◆
た:ただ、本心から「死刑反対」と思うなら、それはそれで一つの考えだと思います。ところがこの作中に登場している中島岳志さんみたいに「どっちか決められない人」もいるんですよね。
カ:中島岳志は、ゴー宣道場にゲストで出演したときは「庶民に対する信頼」などと立派な意見を言ってたくせになー。
た:リベラルの「真相究明の会」からお誘いがあると、ぐらぐらぐららー。
カ:小林よしのり先生が言った「田舎の百姓とか漁民の人たちが麻原彰晃の死刑を延期させるのに賛成とは絶対言わないと思うんですよ」という言葉が、本質ズバリだと思うんですよね。
た:世の中には簡単に答えを出せないことがあるとは思います。だけどこれなんかは、庶民感覚で言ったらすぐ答えが出るんじゃないですかね。
カ:そうですね。
た:こっちの場ではこっちの場に都合の良い話をして、あっちの新聞ではあっちの新聞を読む人に都合の良い話をする。中島岳志さんは、どうもそんな人のような気がしますね。
カ:「風見鶏」みたいな感じがしちゃいますね。
◆◆◆
カ:このゴー宣でも描かれていた江川紹子さん。『オウム事件真相究明の会』の「真相は闇の中」という考えについて徹底批判しているのは痛快でした。
た:江川紹子さんは、オウム問題に関しては命がけで戦って、追及していた人ですから、オウム裁判の記録も全部読んだ上で、結論を出しているんですね。
カ:ここまではジャーナリストとして立派だと思うのですが・・・。
た:教祖以外の信者が死刑になるのはオカシイと主張されていますね。
カ:「殺人をさせた教組と、それに従った信者は天と地ほどの差がある」として、オウム信者への死刑執行を批判されています。
た:それ対して、よしりん先生が言い放ったこのコマが心に響きました。
カ:それは、どんなセリフですか?
た:「甘っちょろいこと、言ってんじゃない!オウムに入信を決めたのも、麻原の命令どおりに行動しようとしたのも全部、本人の意志じゃないか!」
カ:まったくその通り!個人として決断したんですよ!
た:本当にそうですよ。
カ:「責任」って言うんやったら、オウム信者にもあるに決まってます!信者が、麻原の言うことに何でもかんでも従ったからこそ、麻原は自信過剰になってどんどん過激になっていった側面だってあるわけです!?もしも、麻原に信者が一人もいなかったら「ただの妄想オヤジ」で終わりですから!
た:そうですよね。やっぱりオウム信者の「本人の意志」なんですよね。
カ:そう思います。
た:自分の人生に置き換えてみれば、正しい決断も、間違った決断も、いくらでも経験していますけど、結局は自分の意志ですからね。
カ:まったくその通りです。
た:それを間違ったときにだけ、「いやいや自分はそういう意志じゃなくて、無理矢理強制されたんです」とか言いたくないです。
カ:あえて言わせてもらうけど、「そんな奴、男じゃない」ですよ!
た:僕だって「最終的には自分の意志で決めるぞ」という気持ちで、ここまでは生きてきたつもりです。
カ:なるほどね。たっちゃんは一見穏やかな雰囲気の人ですが、よく知れば本当の個人だと感じます。さすがゴー宣ファンだと思いますよ。
た:ありがとうございます(照)
カ:まぁ、見た目はね、草食系を実写化したようなゆるキャラですけどね。
た:まぁ、見た目はね、やわらか~い雪見だいふくみたいなキャラですけど。
カ:うん、そうやね。とりあえず雪見だいふく製造元、ロッテさんに謝りに行こうか(笑)
◆◆◆
カ:私は「相手を個人として意思を尊重する」というのが対等な付き合いだと思うんですよ。だから江川紹子は、オウム信者を徹底的に差別しているということです。
た:江川紹子さんは一見するとオウム信者の人権を庇っているように見えますが、オウム信者に「個人としての意思」なんか無いって言ってるのも同然ですね。
カ:江川紹子は「えせ母性」だと思います。そして宮台真司は「えせリベラル」ですね。もう国家が力を発動するとなんでもかんでも全部反発する。
た:死刑反対のためになんか変な理屈作ってきて、庶民感覚からどんどん離れていく感じですね。
カ:私はリベラリストであっても「死刑賛成」はできると思います。「もし自分が地下鉄でサリンをまいてしまったら、死刑にされても良い」と考えれば、死刑賛成はできるじゃないですか?
た:なるほど。
カ:もし自分の家族がオウム真理教に入信して、サリンをまいて、全く罪のない人を殺してしまったら、私は家族が死刑になっても構わないです。その後で私も自殺します。
た:そこまでちゃんと反転可能性を考えれば、死刑賛成はできますよね。
カ:死刑は別に「国家が殺した」わけじゃないじゃないです。自分たちの社会を構成する上で因果応報を認めましょうと決めたわけで、それはきわめてフェアネスだと思います。だからリベラルの立場でも死刑賛成はできるはずなんです。それなのに、なんでもかんでも国家権力の発動は反対と言うなら、それは「えせリベラル」だと言いたくなります。
◆◆◆
た:カレーさんは、どのコマが印象に残ったんですか?
カ:やっぱり「大の大人なんだから『心を絡め捕られて』本人の意思に反して人殺しをしてしまったなんて言い訳が通用するわけがないだろうが!」という部分ですね。
た:よしりん先生の父権性の強いセリフですけど、全くそのとおりですよね。
カ:社会には父親役の人が必要だと感じます。
た:「心を絡め捕られて、自分の意思に反して、キャバクラでお金を使ってしまった」というのは成立しますか?
カ:あははははは。そう言って慰めてくれる人がいるなら、私はそばにいて欲しいよ(笑)
た:「そんな言い訳が通用するわけがないだろうが!」ですよ(笑)
カ:はい、その節はどうもすいませんでした・・・って、私はキャバクラなんて行ってへんがな!(笑)
た:僕も行ってませんが、でも絡め取られること自体には気持ちは分からなくもない。
カ:確かに分からなくもない。でもね、それは自己責任だから。キャバクラ嬢の責任でもない。向こうは「業務」なんだからさ。
た:そうやって責任を認めさせることが大人として対等に扱っていることになるわけですね。
カ:まったくその通りです。個人として対等に扱わないのは「差別」です。
◆◆◆
た:他に気になったコマはありませんか?
カ:「アーチャリーが妙にかわいい」ところですね。
た:あはははは、僕は本人の顔をよく知りませんが、似ているんですか?
カ:たとえばこのコマの似顔絵は似てますよ。うん。似てるけど・・・これめっちゃかわいいな。
た:なんでこんなにかわいく描くんでしょうね?内容的にはもっと酷く描いてもよさそうなのに。香山リカや宮台真司はすごい似てるけど、不細工に描いてますよ。
カ:江川紹子さんの顔は迫力ありますねー。
た:ほんとうだ。
◆◆◆
カ:「死刑問題」は、この後のゴー宣では取り上げられなかったけど、興味があります。
た:最後のコマでは「加害者への同情より、被害者への同情の方が圧倒的に強い!それが健全な庶民感覚である。」とありますが、その通りだと思います。
カ:こんなの当たり前ですよね!逆に、リベラル知識人って普段どんな人と付き合っているのでしょうか?理屈ばっかりで酒を飲んでるのかな。
た:自分たちの周りだけは、言葉が通じるんでしょうね。
カ:リベラル知識人は【さるカニ合戦】を読めばいいんじゃないかな?
た:あれ読んで「猿がかわいそう」とは言わないですよね。
カ:「臼が落ちてくるなんてルール違反だ」とか訴えるのかよ!!
た:いや、カレーさん。僕は、臼が上から落ちてくるのは非常識だと思っています!
カ:・・・。それはまぁ非常識ではあるな(笑)
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