投稿者:アリーさん
社会の「医療化」こそが、コロナ問題の「収束」を妨げている。東浩紀氏も指摘していましたね。
金沢大学法学類教授、仲正昌樹氏
ダイヤモンドオンライン
社会の「医療化」こそが、コロナ問題の「収束」を妨げている。
死や痛みを極端に避け、医師が国民に指示する、病院のような社会(東浩紀氏も指摘していましたね)。
自宅で亡くなることは果たしてそんなに異常なことなのか?
何かをするには何かが犠牲になるのは当たり前だ。
例えばコロナ前から、救急搬送の受け入れがなく死ぬ人は一定数いて、社会はそれを受け入れてきたはずだ。
いまや、たとえ非難されようとも、政治家は覚悟を決めて決断せよ、と言った趣旨。
全くその通りだと思います。
このままでは何十年後も緊急事態宣言してマスクしてるでしょう。
どうせまたそうこうするうち、別の「未知の」ウイルスだのなんだのが登場するでしょう。
なお、コロナ禍の始まって直後、ダイヤモンドプリンセス号の頃からすでに、仲正氏は、隔離などの政策は憲法や民主主義との兼ね合いが問題になると指摘していました。
(管理人カレーせんべいのコメント)
【コロナ収束の基準を決められない】というのは、自己決定能力の欠如であり、それは≪戦略が持てない≫ことに繋がると思います。
これはコロナに限らず、日本社会全体の「病い」ですね。
記事の内容についてですが『生活全般が「医療化」され、全ての人が潜在的な患者として扱われるようになっている』という指摘は、自分や身の回りを見渡しても、そうかもしれないと思いました。
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