投稿者:命の序列さん
私の死生観です。
自分はいつ死んでもいいと思っています。
しかし、両親が生きているうちは死ぬつもりはありません。
子供を先に亡くす親の悲しみは想像できません。
我が家の命の優先順位です。
①幼い娘
②小学生の息子
③妻
こんなの当たり前です。
自分の命より大事なものなんていくらでもあります。
自分が死ぬことで子供が助かるなら何度でも死にます。
昔、誰かが言いました「地球より一人の人間の命が大事」・・・そんなわけ無い。
地球の上にたくさんの人の命があるのだから。
(管理人カレーせんべいのコメント)
投稿、どうもありがとうございます。
あなたの死生観に、私は100%共感いたします。
さらに思想をしてみると・・・
私は、動物としての本能としては「自分の命が、この世で一番大切」だと思っています。
それが、動物としての欺瞞なき剥き出しの感情だと思います。
だけど動物ではなく人間として生きるということは、教育を受けたり、道徳を学ぶわけで、その過程で本能を抑える理性が身に着くのだと思います。
その理性において【命の序列】は生まれるのだと思います。
尚、「命の序列」をつけないというのは「超・理性的」「超・人間的」だと私は認めます。
同時にそれはほとんど宗教の域だと感じるので、私としては興味が持てない分野です。
私が興味を持つのは、ナショナリズムに繋がる理性です。
私は自分が子供の頃に、自分を守ってくれた大人たちに恩返しがしたいです。
私は自分が生まれる前に、まだ見ぬ子孫のために戦ってくれた大人たちに恩返しがしたいです。
この世で「恩返し」ができない人達の分は、せめて「恩送り」をしたいです。
だから私も、命にも【序列】をつけて行動したいです。
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11月21日:《思想》ウィルスとナショナリズム
hirosy (木曜日, 25 11月 2021 12:41)
初めてコメントいたします。
いつも楽しませていただいております。
私はまだまだ臆病で、家族のために死ねるかどうかわかりません。
ただ、そんな話を妻にしたところ、こんな返事が帰ってきました。
あなたがいない世界で生きるのはイヤ。想像できない。
危ないときは、まずあなたが生き残って。余裕があれば私を助けて。
子育てや家事をわたしに押し付けて死ぬのは許さない。
最後にオチがついてますが…
それが妻の願いなら、私はそうしたいと思いますが、やはり命を懸けて守るべきか…
その時にならないとわからない、というのが本音です。
カレーせんべい (水曜日, 24 11月 2021 21:42)
>>1
感覚おかしいわさんへ
ちょっと意味がつかみきれない文章ですが・・・
私は「人間は動物よりもえらい」という感覚です。
動物をむやみに殺すのは良くない事だと思いますが、人間を殺す方がもっと良くないという感覚です。
今度は、誰が読んでも意味の分かる文章で、反論をどうぞ。
感覚おかしいわ (水曜日, 24 11月 2021 19:21)
動物ではなく人間って感覚に違和感がある。きみは人間以外が自身だけ守る生物ばかりだと思うの?人間風情が驕り高ぶるな。わしも人間だがな!人間だけの言語で他生物を語るなってこと。ロゴスに支配されすぎだわ