≪ゴー宣トラベル≫ 継体天皇ゆかりの岡太神社

 

投稿者:まいこさん

  

天皇陛下の誕生日に、紫式部公園と大河ドラマ館を訪ねるツアーに参加。

 

福井県越前市でランチをいただき、30分ほど時間があったので、周辺を散策したところ、継体天皇ゆかりの岡太神社に行き合いました。

 

 

第26代継体天皇は応神天皇の5世の孫であり、即位後も20年近く都に入ることができなかったという高森先生の御解説を思い出しながら境内に入ると、この地に御潜龍(しばらく帝位につくのを避ける)の時に、治水工事を行われたことが刻まれた石碑がありました。

 

 

高森先生がブログに書いておられるように、―同天皇が皇位継承候補者として浮上したのは、ただ「男系男子」だったからという単純な話ではなく、本人のそうした政治的力量を背景としていた。

 

継体天皇の政治的力量が伝わる石碑でした。

 

天皇陛下の御誕生日に、100代前の御方ゆかりの場所で、その功績を知ることが出来た幸運に感謝しました。

 


↓(スポンサーリンク)↓



コメント: 6
  • #6

    まいこ (火曜日, 27 2月 2024 10:09)

    投稿採用とコメントいただきありがとうございます。
    大河関連のバスツアーで、さあ、これから美味しい海鮮ランチ☆とワクワクしながら外を眺めていたところ、由緒ありげな参道がちらっと眼に入り、幸運にも足を運ぶことになりました。当方の先祖が江戸時代の治水工事に関わり命を落としておりますので、食料増産にも貢献した御方の治水工事が高く評価されていたというところに、特に心惹かれました。単に男性だから血を繋ぐために担ぎ出されたのではなく、数々の女性天皇と同じく、偉業を成し遂げられる能力があるゆえに、候補に上ったということ。御潜龍(しばらく帝位につくのを避ける)という言葉も、この石碑で初めて知りました。

    天皇陛下の御誕生日の御言葉にも、石碑に刻まれた治水工事の重要性についての言及をしておられて、ご縁を感じております。

    岡太神社で検索すると、mantokunさんが書いておられる「大瀧神社・岡太神社」の方がトップに表示されますね。こちらも、バスツアーで訪れたことがあり、「入母屋造りに千鳥破風に唐破風、そしてまた入母屋に唐破風が重なっていく屋根(公式HP)」が、とても印象的でした。紙漉きの女神様がいらっしゃる…なるほど、越前和紙は現在でも全国一位の生産量と品質を保っているとのこと。

    大河ドラマの恋文のシーンでは、庶民は板へ慎ましやかに、貴族は豊富な紙を惜しげもなく使って書くという描写が成されました。紫式部が『源氏物語』をあれほどまでに長大に書くことができたのも、道長というパトロンからの和紙の提供があったから、という側面があるようです。父親の赴任に伴い、都の外に出た紫式部がメモした構想も、宮中サロンで披露した物語も、越前和紙に書き込まれ、書写によって後世に伝えられているとしたら…
    愛子さまが名作を読み込まれた際には、女神にご縁の和紙を御手に取っておられるかもしれませんね。

  • #5

    mantokun (月曜日, 26 2月 2024 02:35)

    コメントが遅れ、スレッドが大分下に下がっていますが(汗)
    まさか、まいこさんが福井にも来られていたとは!紫式部は一年足らずの滞在だったようですが、こうして福井に旅行に来ていただけて、出身者として嬉しいです。

    式部公園は昔、今は亡き父方の祖母と訪れたことがあります。(花筐公園も十数年前に行ったきり…)
    継体天皇の母親が現在の坂井市三国町出身ということで、三国や福井市には継体天皇を祀る有名な神社があるのですが、岡太神社とは渋いチョイスですね!(今回はもともと紫式部ゆかりの場所に来られていたからですが)
    継体天皇ゆかりの地といえば、大阪にも真の継体天皇陵と言われる今城塚古墳や、継体天皇が最初に即位したという樟葉宮跡などがありますね。

    男系カルトが、継体天皇のことを男系男子継承を続けるべき根拠のように持ち出してくるのを、いつも苦々しく思っています。リカオンさんがおっしゃるように、継体天皇(即位前はオオド王)は政治的力量を見込まれつつも、血筋があまりに遠かったため前代の天皇の姉を皇后に迎えることで正統性を担保せざるを得ませんでした。オオド王と共に、越前生まれの二人の王子(生母は尾張の豪族の娘)も大和朝廷に入り、のちに二人とも即位しましたが、彼らは明らかに継体天皇と手白香皇女との間の皇子が即位するまでの中継ぎ扱いです。

    余談ですが、実は「岡太」と名が付く神社は少し離れた場所にもう一つありまして、そちらは全国でも珍しい紙漉きの女神さまがお祀りされた神社です。(読みも「おかもと」と読み、さらに別の神社と併せて大瀧神社・岡太神社と称される)
    そちらも国指定重要文化財の彫刻が見事な美しい神社なので、機会がありましたらぜひ訪れていただきたいです。

  • #4

    リカオン (日曜日, 25 2月 2024 16:33)

    継体天皇が男系派にとって男系を繋いだ根拠としている。一方、継体天皇がずっと男系だったという証拠に乏しくて、結局手白香皇女に入婿して正統としたのだからと双系派にとっても根拠となっている。
    男系派と双系派両者にとってモテモテの天皇だ。

    3月15日から敦賀まで新幹線が延伸し、アクセスが良くなる。一度足を伸ばしてみようかな。

  • #3

    パワーホール (土曜日, 24 2月 2024 21:30)

    私もお正月に日本武尊にゆかりのある埼玉県長瀞の宝登山神社に、昨年8月には同じく埼玉県三峰のイザナギノミコトとイザナミノミコトを祀る三峯神社に参拝してきました。

  • #2

    千本通り (土曜日, 24 2月 2024 13:23)

    ファーストサマーウイカさんは清少納言を演じるようです。古典好きには清少納言の方が紫式部よりファンが多いのでは? 清少納言側は道長との権力争いに敗れてその後没落していく運命も、ファンは清少納言に味方してしまうのかも。

  • #1

    グッビオのオオカミ (土曜日, 24 2月 2024 10:49)

    手白香皇女 - Wikipedia
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%99%BD%E9%A6%99%E7%9A%87%E5%A5%B3

    福井県の継体天皇ゆかりの地に行かれたのですね。
    継体天皇自身が相応に力を持つからこそ、選ばれたのでしょう。

    誰だったか…思い出せませんが、継体天皇も余りにも系譜から離れ過ぎていたので、25代武烈天皇の姉、24代賢仁天皇の娘、手白香皇女が皇后になる事が正統性の担保になっていたとも聞いた事があります。
    もしかしたらこれも、現在課題になっている女性継承の変則的な形なのかな?と思いました。