投稿者:リカオンさん
輪島市の災害ボランティアに参加しましたので報告します。
金沢駅西口バス乗り場6時45分出発のボランティアバスで今回は最大震度7を記録した輪島に向かいました。
約45人のうち女性が半数近く参加です。
輪島に向かう、のと里山海道はあちこち崩壊し急ピッチで補修中ですが、とにかく移動時間がかかります。
それでも以前は5時間かかった道が金沢から輪島まで2時間半で行けるようになったと説明を受けました。
高速道路は輪島へ向かう北方面が優先ですが、帰りは一部下道を走ります。
西山PAまでの道路は快適でしたが、そこから先は段差や崩壊箇所を迂回しながらの徐行運転です。
道路から見える景色も倒壊した建物や崖崩れが目につくようになり、改めて地震の激しさを認識します。
9時半ごろ輪島のボランティアセンターに到着。当初輪島はボランティアセンターの建物がなくテントでしのいでおりました。
2月29日に新たにコンテナハウス2棟が置かれ、新たな活動拠点になったという事です。
また輪島は上下水道などのインフラ整備がまだ未完で、多くの住人が市外へ避難中です。
そのためニーズも上がらず支援が軌道に乗らない状況にあります。
トイレは仮設。
手を洗うには持参したウエットティッシュが便利。
また、トイレはボランティアセンターのみなので、昼休みに戻るまではトイレには行けません。
さて、恒例のマッチングです。
最初に6〜7人のチームを7つ作りました。
気がつくと私のいるチームは女性4人男性2人で女性が多くなりました。
比較的軽度な力仕事を選ばないととお互い顔を見合わせます。
ボランティア協議会の方がニーズを読み上げ、希望するものに挙手して決めて行きます。「ブロック塀解体」「3階から大型家具下ろし」‥は男性多めチームに譲る。
次に「冷蔵庫運びと家の片付け」というニーズがあり、これにしようと一同手をあげました。
30代くらいの女性Aさんがリーダーに立候補。Aさんは以前七尾市のボランティアバスで隣席した岐阜県の方でした。
今回も早朝2〜3時間運転して駆けつけたそうです。副リーダーは30代くらいの男性がなりました。
今まで経験した市町はトラックによる災害ゴミ運搬がミッションでした。
一方輪島市の場合は家の前に災害ゴミを分別して積んでおき、輸送担当が別途持って行くというシステムで、運ぶ手間が省けます。
わがチームは被災家庭に車で送られました。途中市内の倒壊した家屋は半分近く、倒壊してなくとも歪んでいる家も多数。他の市よりも激しい被害でした。テレビで何度も見た倒れたビルの前を車は通ります。
目的のお宅は3階建てで1階が作業場、2階以上が住宅。鉄筋のためか倒壊は免れていましたが、室内はカチャカチャに。
建物の前に車3台駐車できるスペースがありながら、ゴミと人でいっぱいでした。
既に家族と応援数人が作業しており、さらに我がチームが加わって約15人の作業です。
仕分けし、ゴミをまとめ、ひたすら積んで行くのですが、一つ一つ家主に見ていただき、捨てるもの捨てないものを判断してもらわねばなりません。
私がまごまごしているとリーダーのAさんがリカオンさんはダンボールをまとめてくれますかと的確に指示。
寡黙な感じの30代くらいの女性Bさんも手際良くダンボールを畳んで重ねて縛るをこなしていきます。30代くらいの女性Cさんも箱の中身を家主に確認してもらっては布製品、金属、燃えるゴミとどんどん袋詰めしていきます。ゴミの袋とダンボールはうず高く山になっていきました。
昼は再び自動車に迎えに来てもらいボランティアセンターで休憩しました。リーダーAさんはセンターに報告。
私や他のメンバーは駐車場の芝生でお弁当を広げましたが、Bさんの姿がありません。どこへ行ったのでしょう。
私はCさんと昼食をとりながら情報交換しました。Cさんも能登半島の他の市町村をあちらこちら回っており、穴水町の一泊2日ボランティアの情報を教えてくれました。
また、男性メンバーも七尾市の野口健が参加しているボランティアのテント村に行ってみたいと言いました。私もそこは注目している場所です。
昼休み時間が残り少なくなったところで、Bさんが現れ「朝市を見て来た」と説明。
私もあの火災に襲われた朝市の様子を見たかったのですが、休憩時間が少なく、歩いて往復30分かかるので断念したのですが、行動力あるBさんは行って目に焼き付けて来たのです。
その時Bさんは「お弁当の鱒寿司を食べようとしたらトンビに盗まれた」とトホホ話をしながらパンを食べ始めました。
トンビも震災の影響で漁港のおこぼれや人間の出す生ごみを漁れなくてお腹をすかしているのかも知れません。
そしてトンビを警戒している地元の人よりも油断しているボランティアを狙っているのかも知れません。
午後の作業が始まる前に送迎車は朝市を回ってくれました。
運転手さんに「永井豪記念館はどの辺りですか?」と尋ねたら「あの辺のどこか」と指差しました。
一面黒焦げになった瓦礫で何が何やら判別できない状態でした。
現場に戻ると、午前中まとめたダンボールが運ばれたせいで家の前の駐車場の一部はスッキリしていました。私は引き続き一階のダンボールや木材、機械などを片付けていきます。
作業に没頭しているといつのまにか終了時間が近づきましたが。
リーダーのAさんが翌日のボランティアに引き渡すため、散らかった通路を片付けるよう指示しました。
15人をもってしても1日では終わらなかったのです。
また、力仕事の冷蔵庫は先に来ていた男性陣が運搬済みでした。
家主の女性は、「昨日金沢で朝市をして来た。干物を売りに行った。久しぶりの事で感動した」と話していました。
15時30分に車が迎えに来て、家主とお別れの挨拶。
ボランティアセンターに戻るとセンターの方よりお話。
「まだ上下水道などのインフラが整っていないので輪島市に残っている人が少なくニーズも少ない。これでインフラが整えば輪島市民は戻り、そうすると沢山のニーズがあがります。その時さらに皆さんのお力が必要ですので、また輪島に力を貸して下さい。」
バスは夕方4時すぎに出発し、金沢駅に7時に到着しました。
私は震災前に輪島を度々訪れ、朝市や古い町並み、舳倉島のバードウオッチングを楽しんだ好きな観光地でした。
御陣乗太鼓やおいしい海産物、漆塗り製品など古きよきものがたくさんある輪島が復活する事を願いつつ、引き続き応援していければと思いました。
(管理人カレーせんべいのコメント)
「ボランティアの約半数が女性」というのは少々意外でした。
力仕事もあるし、お手洗いも制限があるのに・・・、本当に頭が下がります。
輪島市へ至る道路も、復旧されつつありますね。
ところで「トンビに油揚げをさらわれる」という言葉を聞いたことがありますが、トンビも鱒寿司さらわれることがあるんですね^_^;
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リカオン (水曜日, 03 4月 2024 22:16)
#10 トマトさん、ほめすぎです。私は聖人君子ではないので小っ恥ずかしいです。
ほめられると筆が鈍ってしまいますよ。
たまたま今回アクセスしやすい地域だった。過去に何度も観光などで楽しませていただいた地域だった。ボランティアのコーディネートが上手で参加者の疲労が溜まりらないよう調整してあるetc‥、参加しやすい条件が揃っていたにすぎないのだと。たぶん他の地域の災害でしたらここまで自分もできないと思います。他の災害ではこれまで募金程度しかしていませんでした。能登もいつ何時通わなくなるか分からないです。
こうして投稿する事で、皆様と情報共有でき、さらなる応援につながればなと思ってます。
参加して知ったのは、重労働と思っていたけど案外疲れが残らないと言う事です。また、ニーズの中から選べますので、できそうなものから始めれば意外とできるものだなと。
沢山の女性が参加している事も驚いています。寡黙な方かなと思って話しかけると明るい返事が返って来ます。ご自分の意思でどんどん行動される人達だなと思いました。
おおみや (火曜日, 02 4月 2024 22:00)
明日は駅構内で売っている「ますのすし(大きなイラストの品)」をまた買って皆様に感謝しながらの食事にします。そのトンビの行動分析はおそらく正しいと思いました。埼玉のカラスもお花見の季節は他の大人達の一団を避けて保育園児&先生達グループのシートを的確に狙ってきます。カラスのねぐらとお花見の場所が一致してしまっているので、ずっと上空でカアカア鳴いています。
Aさんの能力・BさんCさんもその人らしさを発揮しつつの協働にも改めて「その個性の違いにこそ感じられる、高次脳機能を駆使する人としての光景」が浮かびました。
金石(かないわ=金沢の港町)での復活朝市に出店された方のお宅だったとの事、その日のニュースで(金石の人達も素晴らしい、お客さんも大勢で大成功を収めたようで良かった、輪島での復活にはまだ遠いけれどもこれも見事なサポート)と感心しておりました。
そして、今回の御報告でも(見えにくい場所でも頑張ってくれている人)を確かに感じる事ができました。
「能登の花ヨメ」という映画作品があります。主演に田中美里さん、義母役に泉ピン子さん。2007年能登半島地震からの復興も取り入れた映画で輪島・珠洲・穴水がロケ地です。今回の震災後はそのシーンのままとはいかなくとも創造的復興というものがしっかりと実現する様に願っております。
いつも能登に力を貸して頂き有難うございます。
トマト (火曜日, 02 4月 2024 21:29)
リカオンさん、ボランティア活動も、詳細な報告も、いつもありがとうございます。
本当に尊敬します。なんて徳が高い人なんだろうと思います。
それから、約45人中、半数近くが女性だったとの事、とても驚きました。
トイレもままならぬ状況でのボランティア活動への参加。
参加されたすべての方に尊敬の念を抱きます。
牛乳寒天 (火曜日, 02 4月 2024 15:49)
トンビのくだりが面白かったです。グルメで賢い鳥なんですね。マス寿司はもったいないですが、持っていたボランティアさんに怪我なく幸いでした。
ボランティアは大変そうですが、ユーモアや学びの雰囲気も存分に伝えてくださる文章に毎回見入っております。
リカオンさん、お疲れ様でした。
どうもありがとうございました。
まいこ (火曜日, 02 4月 2024 11:14)
いつも詳細なご報告、ありがとうございます。貴重な記録の数々、出版に値すると思います。
リカオン (火曜日, 02 4月 2024 10:04)
皆様コメントありがとうございます。
被害の酷さを物語る写真は撮影しておりますが、あえてそれは投稿しておりません。
揺れの酷かった地域は倒壊した家の割合が格段に多く、TVで流される映像より想像を遥かに超えています。
道は幹線道路から順次開けている状態ですし、ランドマークも潰れた状態です。そのため今までの地域ではボランティアが自力で運転していましたが、輪島の場合は道の分かる現地のスタッフが送迎するという方法をとっているようです。
和ナビィ (火曜日, 02 4月 2024 09:25)
回を重ねてのボランティア、現地に入って作業なさってのご支援に敬意を表します。半島の先端の地、最も被害の酷かった地域、お疲れ様でした。
それを描かれた絵は作業の様子、それを実行されている方々のお気持ちまで伝わってまいります。トンビにアブラゲならぬ富山名産の鱒の寿司を持っていかれた絵!、ホントに舞い降りて奪っていくのですね。トンビの鋭い目、がっしり掴んだ足、逞しい翼、そしてアァァ~;のお顔ったら☆。
写真からも、あちらの被害や息長くボランティアを続けておられる方々の様子が見えます、ご報告どうもありがとうございました。
ひとかけら (火曜日, 02 4月 2024 05:01)
少しづつ復旧してるようですが苦労はまだまだ多いですね。今回もお疲れ様でした。
あるでぃー (火曜日, 02 4月 2024 01:24)
毎回貴重なルポをありがとうございます。イラストがいつもとてもわかりやすくて、現場の様子がひしひしと伝わってきます。(とんびに鱒寿司を取られた方のトホホなショック度も!とんび、グルメだな〜)
輪島は中学生の頃一度観光で訪ねたことがありますが、朝市のにぎわい(手作りのイカの塩辛が絶品でした)や風情のある町並みは今でも思い出に残っています。ボランティア作業をされたお宅は、朝市で干物を売ってる方なんですね!輪島の朝市の火が消えることなく続きますように願ってます。リカオンさん、お疲れさまでした。
サン (火曜日, 02 4月 2024 00:30)
いつも興味深く読ませていただいております
輪島の様子、気になっておりましたが、崖崩れの写真から痛ましさが伝わりました
マッチングの様子や分かりやすいイラストなど、いつも読みごたえがあります、今回もありがとうございました!
あしたのジョージ (月曜日, 01 4月 2024 23:12)
今回も、ボランティア活動のリポートありがとうございました。
女性の参加者がけっこう多いのですね!
意外でしたが、リカオンさんのような優しくて誠実な女性が多いんですね!
まいどまいど頭が下がります。
トンビに油揚げをさらわれるならわかりますが、鱒寿司をさらわれるのは、聞いたことがありませんでした。
トンビったら、私よりも贅沢ですね!•́ ‿ ,•̀
あぁ〜久しぶりに寿司食いたいなぁ〜
パワーホール (月曜日, 01 4月 2024 22:48)
リカオンさん、毎度のボランティア参加、ご苦労様です。
被災地の復興がいち早く進むことを自分は何もできませんが祈っております。