投稿者:なおジョカさん
今週のライジングで、僕は「戦争論」の重要性を改めて実感しました。
「戦争論」の内容が歴史の教科書になったら、日本はどれだけいい国になるだろうと思います。「戦争論」の内容を教科書にできる権力って、何でしょうか?総理大臣?文科省関係?学歴凡才(学齢秀才の対義語)の僕にはわかりませんが、そんな権力を持ってみたいと妄想します。「戦争論」を理解できない学歴秀才のマスコミなんて、全員おれ以下のチンチクリンだ!!
話はそれますが、僕はもうすぐ48歳です。
昔のゴー宣を読み返すことが大好きですが、最近僕は、昔の浜田省吾のファンクラブの会報を読み返しております。
干からびた僕の高校時代を救ってくれたのは、浜田省吾の音楽でした。夢であり、憧れでした。年のせいか、あるいは人生のそういうタイミングのせいか、最近僕はその頃に愛聴していた音楽ばかり聴いています。
僕は20歳のころにギターを覚えましたが、高校生の時にも試みました。しかしながら、父が買ってきた教則本が非常につまらなかったので、断念しました。
最初にやった練習は、Am(エー・マイナー)、Em(イー・マイナー)のコードを繰り返し弾くことです。指の位置が簡単なのでこの二つのコードなのですが、マイナー(短調)の和音なので、響きが暗く、全然楽しくなかったのです!いとも簡単に僕はギターの練習がいやになり、やめてしまいました。
それから数年後、浜省のファンクラブの会報で、浜省が、ギターはGコードから始めよう、みたいなワンポイントアドバイスをしていたのです。僕は早速Gコードを弾いてみたら、何この気持ちいい響き!Gがキーの曲は比較的抑えやすいコード進行の曲が多いので、そこから練習しましょうよ、という浜省のアドバイスが完全に僕にはまりました。
そんな思い出を振り返って思ったのは、もし高校生の時にギターが弾けていたら、干からびた高校生活もちょっとは違っていたのに、という後悔の念です。恋人までは望みませんが、音楽仲間ぐらいはできていたのに、と思います。
完全にどうでもいい話ですが、あえて投稿させていただきます。皆さんも過去のゴー宣を振り返ったり、それが人生の振り返りにつながったり、そこから今の人生に幸福を感じたり、なんてことないでしょうか。知識欲にあふれた大学時代にゴー宣に出会えたことは、最高に幸運なことだったと思っています。今週のライジングを読んで感じたことです。とりとめのない話、失礼しました。
(管理人カレーせんべいのコメント)
私も大学時代にゴー宣に出会えたことは、その後の人生に大きな影響を受けたと実感しています。
そうやって「昔を振り返る」なら、私は20歳から「1人でいいからゴー宣ファンと、ゴー宣について一晩中語り合いたい」と願っていました。
その報われなかった片思いが原動力となってファンサイトを運営しているのだから、「過去の結果としての現在」があるわけですね^^
「未来の原因としての現在」もまた、精進したいものです。
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茶呑みじじい (金曜日, 19 4月 2024 23:23)
なおジョカさん
大変楽しく読ませていただきました。
私にとっても戦争論は人生の教科書です。
私は60年以上生きてきた中で、「戦争論」ほど、衝撃を受け、感動し、歴史観・常識、全てをひっくり返された本はありません。
「俺は世の中をわかったつもりで何もわかってなかった」と痛感しました。
SPAの頃から読んで小林先生のファンでしたが、戦争論以降は「人生の師」になりました。
20代までは完全に「ちゃんと過去の日本を反省してる反戦平和主義の善良な僕ちゃん」で、就職試験の履歴書に尊敬する人、本田勝一(「中国の旅」の作者)なんて書いていました。恥ずかしい...
もちろんメインテーマは「個と公」ですが、戦争といえば悲惨に描くのが当たり前という空気の中、何度読んでも泣けてくる「南の島に雪が降る」のような悲しくも感動的な話から、高村氏の痛快な戦記など、戦争の様々な側面を教えてくれたり、「公は国ごとに違う」、「開国した時からアメリカと戦うことは運命だった」、「歴史の縦軸と横軸」など、語り出したらキリがないほど名言が散りばめられた、物事の真髄を突いた傑作であり、なんでこんな名著がたった千数百円なんだと、10万円の価値があるのに、と思いました。(戦争論に限りませんが)
戦争論が歴史教科書だったらどんなに良いことか。本当にそう思いますね。
朝日新聞のバカどもいっぺん読んでみろコノヤロー!とも思いますね。
追伸
周りの浜省ファンの影響で20代から今でもバンドで弾いたりしてますが、モテたことは一回もありません(笑)
追伸2
カレーせんべいさん
今回もゴー宣DOJOの応援・告知をしていただき誠にありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします!
枯れ尾花 (金曜日, 19 4月 2024 22:05)
よしりん先生の作品について語り合える人が身近にはだ~れもおりましぇん(-_-)/~~~
そうやって、長年独りぼっちで愛読してきましたなあ~。
ポコ太郎 (木曜日, 18 4月 2024 22:48)
ボクも浜省を最近聴きまくってます。ベストvol1~3爆聴きです。めちゃいい!よしりん体験は
戦争論はドはまりしましたが、本格的にはそれ以降からです。
なおジョカ (木曜日, 18 4月 2024 10:35)
ぼんやりした文章を送ってしまったー、と思いましたが、載せてくださりありがとうございます。皆さんのゴー宣との出会いや、現在のゴー宣とのかかわりをうかがい知ることができて楽しいです。
お子さんにゴー宣について話したり、お子さんがゴー宣を読んだり、という影響を与えられるのは、親としてすばらしいことだと思います。語り継がなければいけない大切な知識やよしりん先生の情熱が、ゴー宣の中にはたくさんありますからね。
僕も大学生の時にサピオでゴー宣を初めて知りました。おぼっちゃま君をコロコロコミックで読んでいましたが、まさかその作者がこんなすごい漫画を?という衝撃を受けました。
僕が「戦争論」で学んだことは計り知れません。これほどまで強烈に本の力を思い知ったことはありませんでした。よしりん先生もライジングで書いておられましたが、「戦争論」を読んで覚醒する新しい読者がもっともっと出てきたらいいなと願うばかりです。
牛乳寒天 (木曜日, 18 4月 2024 10:09)
学生の頃も漠然とゴー宣は読んでいましたが、深入りしたのは社会人一年目です。偶然立ち寄った古本屋で『戦争論』を見つけ、読んでからというもの、ずっとはまりっぱなしです。(後日古本は新品に買い替えました)
日本の歴史も、普通である事も肯定できるようになりました。難しい知識と楽しい笑いが、爆弾のように頭と心で弾ける快感がたまりません。全てを感じとれてはいないでしょうが、バカでももっと高みを目指したいし、目指していいんだと思わせてくれるほどの熱意と希望を感じています。
沢山を学ばせていただいていますが、一番響いているのは「普通の肯定」です。
あるあるですが、超エリートが「普通の勉強法」を見下して、いかに自分の勉強法が効率的かを偉そうに語る場面があります。確かにその通りかもしれませんが、超エリートが悦に入ってる印象しかなく、何も残りません。
よしりんは俺様的な表現があったとしても、家事や草むしりなど、小さな仕事や気遣いへの想いを馳せてくださる表現があるから、私も等身大でやれること継続して頑張りたいし、もっと上を目指したくなります。
誇張や依存ではなく、ゴー宣は心の支えであり、羅針盤です。
ノブヲ (木曜日, 18 4月 2024 02:38)
私もなおジョカさんと同じ今年48の年女です。
昨日、ちょうど中1の息子に、私とゴー宣との出会いを語ったところでした。
(私自身の修学旅行で広島に行った時、碑に書かれた「あやまちは繰り返しませぬから」の意味がどうしても納得できず、数年後、大学の生協で平積みされてた戦争論を一割引で購入し読んだら、それまで学校で語られてきた「戦争と平和」へ感じていた違和感の理由が一掃されていく感覚があったのです。こんな本を書く人なら他の本も読んでみたい。これが私とよしりん先生との出・会・い)
ずーっとライトな読者ではありますが、多感で知的好奇心旺盛だった学生時代にゴー宣と出会えたことは、間違いなく私の人生を豊かにしてくれたと思います。
半世紀近く生きてきて、近頃過去を振り返ったり、あとの人生で何ができるかを考えることが増えてきました。ゴー宣そのものを振り返るのではなくゴー宣にまつわる話ではありますが、私とゴー宣との関係を息子に伝えられたことは、とても幸せだなぁと思います。勿論息子もゴー宣読んでます。
さらうどん (木曜日, 18 4月 2024 00:16)
私は今は私的な都合でどうしても身動きが取れないので、ゴー宣DOJOの観覧などには応募出来ませんが、
カレーさんと知り合えたお陰で、当時ゴー宣ファンの方と話したり、生のよしりん先生にお会いすることが出来ました。感謝しております。
20代の頃に最初にSPA!で連載されたゴー宣に出会い、今では50代半ばになりました。
30年くらいのつきあいの漫画って、改めて考えるとそうそう無いです。
今も衰えぬパワーで邁進されているよしりん先生は凄いなと改めて思います。
パワーホール (水曜日, 17 4月 2024 23:00)
私も大学時代にゴー宣と出会いました。大学の図書館にあったサピオに連載されていたのを読んでいた記憶があります。その後、個人的事情により離れましたが2010年ごろから読み始め現在に至っています。